東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1914号 判決 1980年2月28日
原告(亡塚本武男承継人) 塚本みの
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 瀧澤孝行
被告 朝日生命保険相互会社
右代表者代表取締役 數納清
右訴訟代理人弁護士 近藤英夫
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告ら
1 被告は原告らに対し、二二二〇万円及びうち二〇〇〇万円に対する昭和四六年一〇月二六日以降、うち二〇万円に対する昭和四九年三月一四日以降、うち二〇〇万円に対する本判決確定の翌日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、保険業法に基づき設立された、生命保険等を事業目的とする相互会社である。
2 承継前の原告亡塚本武男(以下「武男」という。)を代表取締役とする訴外塚本通信工業株式会社(以下「訴外会社」という。)と被告は、昭和四四年二月二七日左記生命保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
(1) 保険者 被告
(2) 被保険者 武男
(3) 保険契約者 訴外会社
(4) 保険金 五〇〇〇万円
(5) 種類 普通養老ト第四九六五七八号
(6) 満期日 昭和七四年二月二七日
(7) 保険料 年払い二〇〇万円、払込期日毎年二月二七日(ただし、昭和四五年度分からは、半年払い、払込期日毎年二月二七日及び八月二七日、毎回の保険料一〇四万円と変更された。)
3 訴外会社は、本件契約成立と同時に第一回保険料二〇〇万円を被告に支払った。
4 本件契約に適用される普通養老保険普通保険約款(以下「約款」という。)には別紙のとおりの規定があるところ、武男は、昭和四六年六月二五日に至り両眼失明の廃疾となったので、約款第一五条の規定により、被告に対し、所定の書類を提出して、保険金五〇〇〇万円の支払いを請求したが、被告はこれを拒絶した。
5 武男は、被告に対して右保険金の内金二〇〇〇万円の支払いを求める本件訴訟を提起するにつき、昭和四九年三月一三日、原告訴訟代理人瀧澤孝行弁護士に対して訴訟委任をなし、手数料として二〇万円を支払うとともに、勝訴判決確定の時に訴訟物の価格の一割にあたる二〇〇万円を報酬として支払う旨の契約を締結した。
6 武男は、昭和五〇年七月二七日死亡し、その妻である原告塚本みの(以下「原告みの」という。)及びその子である原告塚本武美、同塚本文代が共同相続した。
7 よって、原告らは被告に対し、二二〇〇万円及びうち保険金の内金二〇〇〇万円については昭和四六年一〇月二六日以降、前記手数料二〇万円については昭和四九年三月一四日以降、前記成功報酬二〇〇万円については本判決確定の翌日以降各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因な1いし3の事実は認める。
2 同4の事実は、武男が両眼失明の廃疾となった時期の点を除き、認める。
3 同5の事実は不知。
4 同6の事実は認める。
5 同7は争う。
三 抗弁
1 訴外会社は、昭和四五年八月二七日を払込期日とする保険料一〇四万円の払込みをせず、約款第四条所定の二か月の猶予期間も徒過したので、本件契約は、約款第五条の定めにより、昭和四五年一〇月二七日限りその効力を失った。
2 約款第八条によれば、保険契約が失効した場合に、失効後三年以内であれば、保険契約者は被告会社の定めるところにより保険契約の復活を請求することができ、被告がこれを承諾したときは、契約は復活し、保険契約者が延滞保険料を払込むことにより、被告は再び保険責任を負うこととなっているところ、訴外会社は、本件契約失効後の昭和四五年一一月六日被告に対して復活の請求をしたので、被告は、同月一八日保険診査をしたうえ、同月二七日右復活申込みを承諾することとし、同年一二月一日訴外会社から延滞保険料の払込みがあったので、同日被告会社の保険責任が再開された。
3 昭和四六年七月初め、武男から約款第一五条に基づく廃疾に因る保険金(廃疾保険金)五〇〇〇万円の請求がなされたので、被告において調査したところ、武男の廃疾(両眼失明)の原因は糖尿病によるものであり、武男は、昭和四五年一〇月一六日社会保険中京病院において、糖尿病性網膜症との確診を受けていたことが判明した。
4 約款第一五条による廃疾保険金は、被保険者が、保険契約締結又は復活後の疾病又は災害により廃疾となった場合に、被保険者に対して支払われるもので、廃疾の原因となった疾病等が契約締結又は復活後に発生したことを支払いの条件としているところ、武男の場合、廃疾が契約復活以前に発病した疾病に基因することが明らかであるから、武男は廃疾保険金請求権を有しないというべきである。
5 そこで被告が武男の保険金請求を拒絶したところ、訴外会社及び武男は、訴外春日一幸及び同安井延を代理人として、右保険金等の件に関し示談解決を申し入れてきた。被告は、前記約款の規定を枉げることはできないものの、武男の発病と本件契約の復活成立との間の期間が短いことや、武男及び訴外会社に同情を禁じえないところから、示談交渉に応じることとし、種々交渉の結果、昭和四六年一〇月一五日、被告と武男及び訴外会社との間に、(ア)被告は、見舞金名下に示談金として二九五一万七二三九円を武男及び訴外会社に支払うこと、(ロ)訴外会社と被告との間で本件契約を合意解除し、保険契約者たる訴外会社及び被保険者武男は、今後本件契約につき理由の如何を問わず何らの請求をしない旨の示談契約(乙第九号証)が成立し、同日、右二九五一万七二三九円から被告が本件契約に関して訴外会社に貸し付けていた元利金一五一万七二三九円を控除した二八〇〇万円が、被告から武男及び訴外会社に支払われた。
6 したがって、いずれにしても原告らの本訴請求は理由がない。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1のうち、昭和四五年八月二七日払込分の保険料一〇四万円が右期日に支払われなかったこと及び約款第四条に被告主張の猶予期間の定めがあることは認めるが、その余は争う。
2 同2のうち、約款第八条に被告主張のような保険契約復活に関する定めがあること、訴外会社が被告主張のような契約復活請求の手続をしたこと及び訴外会社が昭和四五年一二月一日保険料一〇四万円を被告に支払ったことは認めるが、その余は争う。
3 同3のうち、武男が被告に対して廃疾保険金の請求をした事実は、その時期の点を除いて、認めるが、その余の事実は不知。
4 同4は争う。
5 同5のうち、被告が武男の保険金請求を拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお乙第九号証は、武男が、その内容を知らされないまま、無理矢理調印させられたものである。
6 同6は争う。
五 再抗弁
1 本件契約に基づく保険料債務に関しては、被告において、保険契約者たる訴外会社の本店所在地であり武男の自宅でもあった名古屋市千種区若竹町一丁目一番地又は愛知県小牧市西町一五五五番地所在の訴外会社の工場において取り立てる旨の特約があった。
また、一般に生命保険の保険料については、これを取立債務とする旨の商慣習法又は事実たる慣習が存在する。
2 ところで、訴外会社代表取締役であった武男の妻である原告みのは、昭和四五年八月二七日払込分の保険料一〇四万円の集金に自宅に来るよう被告の今池営業所に電話で督促した。しかして、同営業所員が武男の自宅に集金に来ても、武男は、原告みのと共に小牧市の工場に毎日出勤していたため、日中は不在であり、会えなかったのであるが、武男らが毎日右工場に出ていることは、本件契約の募集・勧誘をした同営業所の訴外清泰蔵がよく知っていたのであるから、右工場において取り立てるべきであった。
したがって、訴外会社には昭和四五年八月二七日払込分の保険料について遅滞の責任はないから、本件契約は失効しなかったというべきである。被告が、右保険料の遅滞を理由として、訴外会社をして本件契約の失効を前提とする復活請求手続をさせたのは、相手方の保険に関する無知を利用して、単に形式的手続をとらせたものである。
3 被告主張の示談契約(乙第九号証)は、当時既に完全に失明し、かつ、糖尿病のため体力のなくなっている武男(同人は、入院中であったが、被告の強い要請により無理をして出席したのである。)を一〇時間近くも拘束し、被告会社社員訴外浜田恂二郎が武男の手を持ち添えて、無理矢理乙第九号証に指印させたものであり、同人の精神的・肉体的苦痛、更には廃疾保険金の支払いを拒むという経済的苦痛・困惑に乗じてなされたものであるから、武男の自由意思に基づくものではなく、仮にそうでないとしても、公序良俗に違反するものとして、無効である。
4 また、武男は、右示談交渉に立ち会った訴外安井延(同人は、武男及び訴外会社の代理人ではなく、むしろ被告会社を代弁する役割を果していた。)から、「これはこれで(被告と保険契約者である訴外会社間の示談の意味)一応まとめておいて、後は後で(武男の廃疾保険金の意味)考えて取ってやる。まだ生きているのだから、後で(死亡した時の意味)解決すればよい。」と言われたので、その言葉を信用し、当日の会談で交渉がまとまれば、訴外会社が被告から借り入れていた借入金債務に見合う金額の見舞金が訴外会社に振り込まれるので一応の解決になり、後は後で武男本人の廃疾保険金や万一のときには死亡保険金がもらえるものと信じて、乙第九号証に署名押印したのであるから、右示談契約は、法律行為の要素に錯誤があり、無効である。
5 また、被告は、武男の疾病が契約復活後発病したものであるのに、復活前の発病であるとの間違った資料に基づいて廃疾保険金の支払いを拒絶し、その結果示談契約を成立させたものであり、右示談契約は被告の詐欺による意思表示である。
したがって、原告らは、昭和五四年九月一四日の本件口頭弁論期日において、これを取り消す旨の意思表示をした。
四 再抗弁に対する答弁
1 再抗弁1及び2の事実は否認し、主張は争う。
保険料支払債務は、法律上持参債務であり(民法第四八四条、商法第五〇二条第九号、第五一六条一項)、約款上も持参債務であることが明記されている(第三条)。
ところで、被告は、昭和四五年八月二七日払込期日の保険料について、同年八月一〇日念のため訴外会社に注意を促したところ、九月中は支払いが困難であるが一〇月二〇日には払い込むとの返答であったため、猶予期間が満了する一〇月二七日限りで契約が失効する旨を注意しておいた。被告会社名古屋管理部保金課は、契約者の払込みの便宜を考えて、サービスとして、一〇月二三日、二四日、二六日の三回にわたり、奉仕職員訴外梅田春夫をして訴外会社に出向かせたが、いずれの日も不在であった。このため同人は、一〇月二六日訪問の際、本日で猶予期限が切れる旨を記載した紙片を置いて引き返したところ、翌二七日、武男の妻であり訴外会社の取締役でもあった原告みのから被告会社今池営業所に電話があり、同月末日には支払うとのことであったが、右訴外梅田が同月三一日に訴外会社に赴いたところ、同日も不在で支払いを受けられなかった。
このように、訴外会社は、猶予期限である昭和四五年一〇月二七日までに保険料を払い込む意思がなかったものと解されるから、約款の定めによって契約失効となるのは致し方ないことであり、仮に保険料支払債務が取立債務であると認められたとしても、訴外会社は、債務者として履行の実現に協力すべき信義則上の義務(集金に来た場合にそなえて、現金を用意してその支払いができるように配慮すること)を尽していないというべきであるから、事情は異ならないのである。
2 同3ないし5の事実は否認し、主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の事実及び同4のうち武男が両眼失明の廃疾となった時期の点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁及び再抗弁について判断する。
1 本件契約の昭和四五年八月二七日払込分の保険料一〇四万円が右期日に支払われなかったこと、約款第四条に保険料払込みの猶予期間に関する定めが、また、同第八条に保険契約の復活に関する定めがあること、訴外会社が、昭和四五年一一月六日被告に対して契約復活の請求をし、同年一二月一日保険料一〇四万円を払い込んだこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
ところで原告は、本件契約に基づく保険料債務に関しては、被告が訴外会社の本店所在地又は小牧市所在の工場において取り立てる旨の特約があった旨主張するが、《証拠省略》をもってしても右特約の存在を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、一般に生命保険の保険料については、これを取立債務とするとの商慣習法又は事実たる慣習が存在する旨主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることはできない。
そうだとすれば、本件保険料債務は持参債務であり(商法第五〇二条第九号、第五一六条)、被告会社の本社又は被告会社の指定した場所に払い込むことを要する(約款第三条)ところ、弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、約款第四条による払込み猶予期限である昭和四五年一〇月二七日までに、同年八月二七日払込期日の保険料の払込みをしなかったことが明らかであり、したがって、本件契約は、約款第五条により、同年一〇月二七日限り失効したというべきである。
しかして、《証拠省略》によれば、被告は、前記のように訴外会社から契約復活の請求がなされたので、同年一一月一八日診査医訴外天願貞治による復活診査をしたうえ、同月二七日復活を承諾したことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、その後前記のように同年一二月一日延滞保険料の払込みがなされたので、同日被告の保険責任が再開されたというべきである(約款第八条、第一条第一項)。
2 次に、《証拠省略》を総合すると、次のような事実が認められる。《証拠判断省略》。
(一) 昭和四六年六月二五日武男から廃疾保険金の請求がなされたので、被告において調査したところ、武男は、約一五年前から糖尿病を患っていたが、昭和四五年六月頃から視力が急速に低下したため、同年七月頃杉田眼科病院で受診、続いて同年一〇月一六日社会保険中京病院で受診したところ、糖尿病性網膜症との診断を受けて入院を勧められ、同月一九日から同年一二月二一日までの間同病院に入院して治療を受けたが軽快しなかったこと、この間同年一一月一八日、武男は、一時帰宅して前記のとおり天願医師の復活診査を受けたが、その際同医師に対し、工場内の金属切粉が両眼に入り、こすったために結膜炎になり、同年一〇月一九日から二四日まで杉田眼科病院に入院して加療した結果、全治した旨述べていたこと、その後武男は、国立名古屋病院に入院し、右眼の手術を受けたものの(左眼は手術不能)効果がなく、糖尿病性網膜症のため両眼に眼底出血を起こして回復の見込みがないとの診断を受けていること、以上の事実が判明した。
(二) このため被告は、武男の廃疾は前記契約復活前に発病した疾病に基因するものであり、したがって、「被保険者が、保険契約締結または復活後の疾病または災害により」廃疾となったときに廃疾保険金請求権が発生するとの約款第一五条の要件に該当しないことが明らかであるとして、昭和四六年七月三〇日、武男及びその妻である原告みのに対し、右理由により廃疾保険金を支払えないが、本件契約自体は存続するので死亡のときには死亡保険金が支払われる旨告知して、了解を求めた。
(三) ところが、武男らはこれに納得せず、衆議院議員訴外春日一幸に援助を求めたところから、同訴外人及びその意を受けた秘書らが介入し、被告に対して示談解決を求めるに至った。これに対し被告は、当初前記約款の規定を枉げることはできないとしていたが、武男の廃疾の原因となった発病の時期から前記契約復活までが比較的短期間であること、武男が前記中京病院に入院していたために前記猶予期間内に保険料の払込みができなかったと認められる点に同情の余地があること等を考慮して、示談交渉に応じることとした。
(四) しかして、同年一〇月一五日、名古屋市内の中日パレスクラブに、保険契約者たる訴外会社の代表者兼被保険者本人武男、同人が代理人として指定した名古屋市議会議員訴外安井延及び訴外春日一幸秘書訴外太田峰之、原告みの、被告側から山中達本社保険金部長、浜田恂二郎同保険金課長、小泉浩名古屋管理部長らが会合して、示談交渉が行われた。その席上、保険金額の六割に当たる三〇〇〇万円台の支払いを求める武男側とこれを拒否する被告側との間で対立が続いたが、訴外安井が武男らの説得に努め、被告側も歩み寄りを示した結果、被告が本件契約を担保として訴外会社に貸し付けていた元利金を差し引いた手取り額を二七五〇万円とすることで武男も一応納得した。ところが、原告みのがひとりこれに反対し、保険金額の五割九分九厘に利息を上乗せしなければ納得できないと強硬に発言した。しかし、訴外安井がこれを強くたしなめ、武男も別室で原告みのを説得したうえ、武男自身被告側に対し、「大筋としては諒解するが、何とか窮状を察して端数を切り上げ、貸付金の利息もまけてほしい。」旨要請し、被告側もこれを了承し、ここに、(イ)示談金総額を二九五一万七二三九円とし、これから右貸付金の元利一五一万七二三九円を差し引いた二八〇〇万円を見舞金として被告が武男及び訴外会社に支払う、(ロ)訴外会社と被告は本件契約を合意解除し、保険契約者たる訴外会社及び被保険者武男は、本件契約につき今後理由の如何を問わず何らの請求をしない旨の示談契約が成立した。そして、同日夕刻、右見舞金二八〇〇万円が、春日一幸政治事務所において、右訴外安井及び同太田両名立会いのもとに、武男及び訴外会社に支払われた。
3 以上の事実によれば、被保険者武男の被告に対する本件契約に基づく廃疾保険金請求権の成否について、武男及び保険契約者たる訴外会社と被告との間に争いがあったところから、右争いを解決するため右三者間において前示のような示談契約を締結し、武男は、訴外会社と共に被告から見舞金として二八〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、右廃疾保険金の請求をしないことを約したことが明らかである。
4 原告らは、右示談契約は、武男の精神的・肉体的・経済的苦痛、困惑に乗じてなされたもので、同人の自由意思に基づくものではなく、仮にそうでないとしても、公序良俗に違反するから、無効である旨主張する。しかしながら、前掲各証拠及び原告みの本人尋問の結果によれば、武男は、昭和四六年一〇月一五日当時ほぼ完全な失明状態に陥っており、しかも糖尿病と腎臓疾患で入院中のところを特に示談交渉のため外出許可を得て出席したものであるところ、示談交渉が午前一〇時頃から午後四時半頃にまで及んだため、かなり疲労したであろうことは推測に難くないけれども、右示談契約が同人の苦痛、困惑に乗じてなされたものでなく、同人の自由な意思に基づくものであったことは、前示認定の事実関係に徴して明らかであるし、右示談契約が公序良俗に違反するものとは到底認めることができない。したがって、原告の右主張は失当である。
5 次に原右らは、武男は前記見舞金とは別に廃疾保険金ないし死亡保険金の支払いが受けられるものと信じて示談契約に応じたもので、右示談契約には要素の錯誤があるから無効である旨主張する。しかし、原告みの本人尋問の結果中右主張に副う部分は前示認定の事実関係に照らして到底措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は理由がない。
6 また原告らは、右示談契約は被告の詐欺による意思表示である旨主張するが、本件全証拠によっても右主張事実を認めることはできないから、原告らの右意思表示取消の主張は失当である。
三 以上の次第で、被告の抗弁は理由があり、原告らの本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 魚住庸夫)
<以下省略>